むかしむかし、ある村に、心のやさしい浦島太郎という若者がいました。浦島さんが海辺を通りかかると、子どもたちが大きなカメを捕まえていました。そばによって見てみると、子どもたちがみんなでカメをいじめています。
「おやおや、かわいそうに、逃がしておやりよ。」
「いやだよ。おらたちが、やっと捕まえたんだもの。どうしようと、おらたちの勝手だろ。」
見るとカメは涙をハラハラとこぼしながら、浦島さんを見つめています。浦島さんはお金を取り出すと、子どもたちに差し出して言いました。
「それでは、このお金をあげるから、おじさんにカメを売っておくれ。」
「うん、それならいいよ。」
こうして浦島さんは、子どもたちからカメを受け取ると、
「大丈夫かい? もう、捕まるんじゃないよ。」
と、カメをそっと、海の中へ逃がしてやりました。
さて、それから二・三日たったある日の事、浦島さんが海に出かけて魚を釣っていると、
「・・・浦島さん、・・・浦島さん!」
と、誰かが呼ぶ声がします。
「おや? 誰が呼んでいるのだろう?」
「私ですよ。」
すると海の上に、ひょっこりとカメが頭を出して言いました。
「このあいだは助けていただいて、ありがとうございました。」
「ああ、あの時のカメさん。」
「はい、おかげで命が助かりました。ところで浦島さんは、竜宮へ行ったことがありますか?」
「竜宮? さあ? 竜宮って、どこにあるんだい?」
「海の底です。」
「えっ? 海の底へなんか、行けるのかい?」
「はい。私がお連れしましょう。さあ、背中へ乗ってください。」
海の中にはまっ青な光が差し込み、コンブがユラユラとゆれ、赤やピンクのサンゴの林がどこまでも続いています。
「わあ、きれいだな!」
浦島さんがウットリしていると、やがて立派なご殿へ着きました。
「着きましたよ。このご殿が竜宮です。さあ、こちらへ。」
カメに案内されるまま進んでいくと、この竜宮の主人の美しい乙姫さまが、色とりどりの魚たちと一緒に浦島さんを出迎えてくれました。
「ようこそ、浦島さん。私は、この竜宮の主人の乙姫です。このあいだはカメを助けてくださって、ありがとうございます。お礼に、竜宮をご案内します。どうぞ、ゆっくりしていってくださいね。」
浦島さんは、竜宮の広間ヘ案内されました。浦島さんが用意された席に座ると、魚たちが次から次へと素晴らしいごちそうを運んできます。ふんわりと気持ちのよい音楽が流れて、タイやヒラメやクラゲたちの、それは見事な踊りが続きます。ここはまるで、天国のようです。
そして、
「もう一日、いてください。もう一日、いてください!」
と、乙姫さまに言われるまま竜宮で過ごすうちに、三年の月日がたってしまいました。ある時、浦島さんは、はっと思い出しました。
「家族や友だちは、どうしているだろう?」
そこで浦島さんは、乙姫さまに言いました。
「乙姫さま、今までありがとうございます。ですが、もうそろそろ家へ帰らせていただきます。」
「帰られるのですか?よろしければ、このままここで暮しては?」
「いいえ、私の帰りを待つ者もおりますので。」
すると乙姫さまは、さびしそうに言いました。
「・・・そうですか。それはおなごりおしいです。では、お土産に玉手箱を差し上げましょう。」
「玉手箱?」
「はい。この中には、浦島さんが竜宮で過ごされた『時』が入っております。
これを開けずに持っている限り、浦島さんは年を取りません。ずーっと、今の若い姿のままでいられます。ですが一度開けてしまうと、今までの『時』が戻ってしまいますので、決して開けてはなりませんよ。」
「はい、わかりました。ありがとうございます。」
乙姫さまと別れた浦島さんは、またカメに送られて地上へ帰りました。
地上にもどった浦島さんは、まわりを見回してびっくり。
「おや? わずか三年で、ずいぶんと様子が変わったな。」
確かにここは浦島さんが釣りをしていた場所ですが、何だか様子が違います。
浦島さんの家はどこにも見当たりませんし、出会う人も知らない人ばかりです。
「私の家は、どうなったのだろう? みんなはどこかへ、引っ越したのだろうか? ・・・あの、すみません。浦島の家を知りませんか?」
浦島さんが一人の老人に尋ねてみると、老人は少し首をかしげて言いました。
「浦島? ・・・ああ、確か浦島という人なら七百年ほど前に海へ出たきりで、帰らないそうですよ。」
「えっ!?」
老人の話しを聞いて、浦島さんはびっくり。
竜宮の三年は、この世の七百年にあたるのでしょうか?
「家族も友だちも、みんな死んでしまったのか・・・」
がっくりと肩を落とした浦島さんは、ふと、持っていた玉手箱を見つめました。
「そう言えば、乙姫さまは言っていたな。この玉手箱を開けると、『時』が戻ってしまうと。・・・もしかしてこれを開けると、自分が暮らしていた時に戻るのでは・・・」
そう思った浦島さんは、開けてはいけないと言われていた玉手箱を開けてしまいました。
モクモクモク・・・。
すると中から、まっ白のけむりが出てきました。
「おおっ、これは!」
けむりの中に、竜宮や美しい乙姫さまの姿がうつりました。そして楽しかった竜宮での三年が、次から次へとうつし出されます。
「ああ、私は、竜宮へ戻ってきたんだ。」
浦島さんは、喜びました。
でも、玉手箱から出てきたけむりは次第に薄れていき、その場に残ったのは髪の毛もひげもまっ白の、ヨポヨポのおじいさんになった浦島さんだったのです。
お仕舞